「過去の浮気の事実は、未来の幸福に効果的ではない理由」

 

過去の浮気の事実を、いくら大事しても、あるいは少しばかり残そうとしても、それは未来の幸福の妨げにもなり得るでしょう。

 

それはなぜか。

 

未来の可能性は無限であるからです。

 

未来の可能性が無限というのは、旦那さんはまた浮気をする可能性があることに加えて、浮気をしない可能性もあるし、どちらであっても幸福になるかもしれないし、ならないかもしれないという、未知の可能性に満たされているということです。

 

未来が無限であるなら、過去の体験はその無限の可能性の中から一つを、あなたが体験したことを意味します。

 

これはこれからも、ずっと、起こり続けることであり、止めることはできません。

 

私たち人間は、いつも、未来にある無限の可能性の中から、一つだけを体験し、それが過去となっていくのです。

 

私たちの目の前に広がっているものは、無限の可能性であるのに対して、過去はその中の一つが時系列的に連続したものだと言えます。

 

あのときはこうだった、あのときはああだった、アレをして成功した、あれで失敗をした、あれをしてよかった、して後悔した・・・などなど、私たちは今から過去を振り返ることで、今の現状の原因と理由が過去にあり、過去の体験からそれを説明していることがほとんどなのです。

 

そして多くの場合で人は、この過去の経験を教訓として、未来に活かそうとするのです。

 

過去の教訓を否定するつもりはありません。

 

なぜなら。人の脳の活動は過去の教訓によって、未来に同じ過ちを犯さないように気を付ける修正が強くあるからです。

 

しかし以下の大切なことに、気がついてみてください。

 

上記のように、とても限定された過去や過去の経験に対して、無限に用意されている未来の結果に、どれだけ効果的に役に立つことが出来るかを・・・

 

過去の教訓は確かに、精神的に安心する上ではとても効果的なものです。

 

しかし精神的な安定と可能性の世界は、全く別のものであり、精神がいくら安定しても未来に何かが起こる可能性が都合よく消えることはありません。

 

例えば二度と浮気をしないようにルールを作り、それを徹底させたとしても、旦那さんの浮気の可能性もリスクも完璧になくしたことにはつながらないのです。

 

浮気をする可能性は、依然として、残りづづけます。

 

例えば二度と浮気しないルールが、過去の浮気の体験を元にして作られたとしても、一生機能し続けることは不可能でしょう。

 

なぜなら、浮気をするための可能性は無限に広がっており、ルールが通用しない場面の方が圧倒的に多くあるからです。

 

このように過去の教訓も、体験も、無限の未来においてはほぼ無力に等しいのです。

 

そのため、過去の浮気の事実をこれからも、または復縁後に、持ち続けていることは、かなり意味のない行為になるでしょう。