「結婚後に運命を感じる人が既婚者(既婚者同士)だった時」

   

結婚後にある既婚の人に対して、運命を感じてしまった場合、それは本当に運命なのでしょうか?

 

これはつまり、既婚者同士の運命的な出会いが起きた、と言うことになります。

 

既婚者同士であっても、運命を感じることはあるでしょうし、可能性は否定できません。

 

ただ注意したいことがあるとすれば、その想いが感情や欲求的なものでないかは、しっかりと自分自身で見極めることは大切だと言えます。

 

上述でもしましたが、感情と欲求つまり、不満から解放されたいと言う欲求的なもので、それを正当化することは、あまりよくない判断となりかねません。

 

これは一時の情緒的な乱れであり、すでに崩れている心理状態によって、間違った答えを正しいと思い込みやすいことにつながります。

 

一時のもので、一生にさえ関わるようなことを判断すると言うことに、自分でそれなりの責任を持つか、責任があることを思い起こすことは重要です。

 

そして既婚者同士ても運命だと言えるなら、それはそれで良いことでもあるでしょう。

 

ただし、運命というのは誰が決めるわけでもなく、自分で決める要素であり、自分でしか決めることができない概念であることを理解することは大切です。

 

運命とは物的な形を持たず、人の考えや概念だと言えます。

 

これが運命だった、こうなる運命だった、運命とはこういうものだ、と言う意見は個人間で異なるものです。

 

つまり概念は、ある統一された特定の答えはない、と言うことなのです。

 

これは何かを食べて美味しいと思う考えと概念に酷似していると言えます。

 

甘いものが好きな人もいれば辛いものが好きな人もいます。

 

これらには共通した食べ物という物的な要素の中に、全く異なる概念が存在していることが言えます。

 

言い換えるなら、運命という概念も、全く逆の意見や概念を持っている人はいて、それはその人本人が決めていることだと言えるのです。

 

つまり、たとえ既婚者同士で運命を感じていても、それは個人間の中にのみ完結していることであるということが言えるのです。

 

例えばあなたが、「これが私たちの運命だ」と思っていても、そう言えるのは自分だけでしかできないものであって、他人にはその証拠を確認が取れないし、他人が証明できないし、他人が口を挟むことは非常に困難な内容です。

 

その運命の証明も証拠も、確信も、あなたと相手の方のみ可能である要素なのです。

 

既婚者同士であるなら、自分の感情的なものだけでないか、それを特に確認してから答えを出すことが重要でしょう。

 

そのためには、感情が完全に治ってから、再び考え直すことが最も効果的な方法の一つだと言えます。

 

 

これはあなたの運命の人だという感覚や、その思いを否定するつもりで言っているのでありません。

 

むしろ、本当の答えを、あなたが導き出すために重要な要素であると言えるのです。

 

あなたは本当の答えを出したい、きっとそう思っているはずです。

 

そのためには、高ぶり、支配的になっているあらゆる感情を穏やかにすることは大切だと言えるでしょう。

 

以下のリンク先では、運命の人だと思ったら、既婚者同士だったということについて詳細にご紹介しているページです。

 

運命の人が既婚者同士

 

この先を読むことによって、あなたの悩みの解決に向かうかも知れません。