「結ばれるべき運命」

 

上述のように、結ばれない運命の人がいるなら、結ばれる運命の人もいると言えます。

 

そして2人は、結ばれる運命にある、そう思いたい感情も当然のようにあるものです。

 

それは本当にあるのか?

 

結論から言うと、それを作ることができるのも、あなた次第と言うことになります。

 

当サイト(マインディストKEN)の運命と運命の人の非物理的概念は、本人の個人的な創造的思考の可能性が非常に高いと言うものです。

 

これが運命というものの正体という見解をお伝えしています。

 

結ばれるべき運命が、本当にあるかというと、それはほぼあり得ないと言えます。

 

それはなぜか?

 

その理由は運命が個人的な創造的思考だけではなく、この世の中に、決まっているものがないからです。

 

今という瞬間は決まっている既成事実があり、それを私たちは確認しながら生きていると言えます。

 

しかし数年後はどうでしょうか?

 

例えばこれは、あなたの隣の家の住人が、自宅を売り払い引っ越してしまうことがあるのと同じです。

 

隣の家は取り壊され、一軒家が酒豪住宅になり、あなたの二階の窓を塞ぐこともあるかもしれません。

 

これは例えばの話に過ぎませんが、それでも、隣の家がそんな状況になることを、あなたはどうやって予測できたでしょう?

 

ずっと暮らしていて、ずっとそのままでいると、どかで人は錯覚している可能性が高いのです。

 

これからもきっと、ずっと、「私の周囲は同じ環境だろう」と思うことは自由ですし可能なことですが、そこには同じであり続けるだけのもっともらしい証拠も保証も、確率的優位性も存在しないのです。

 

もしかしたら数分後に、隣人が引越しの挨拶をしてくるかもしれない、そんな可能性の中に私たちはいるというのが事実以外のなんでもないと言うことです。

 

したがって、あなたに本当に運命の人と出会い、幸福になって欲しい思いが多くあっても、将来結ばれるべき運命が本当にある、などと口が裂けても言えないのです。

 

人は常に、創造的思考の産物である運命に対して、事後報告しかできないのです。

 

そして事後報告した内容のどれもが、確証と証拠を持たない予測でしか成り立つことができないのです。

 

結ばれるべき運命があるなら、あるいは、そうだと思えることができたら、それはきっとあなたの精神的かつ心理的な安心感をとても大きく高めてくれることでしょう。

 

仮に誰かが、あなたには結ばれるべき運命があると言ったとしても、あなたは安心してしまうかもしれません。

 

そして多くの場合で人は、そう思いたいものです。

 

なぜなら、人は弱い傾向にあるからです。

 

決まっていない自分の将来が怖くて、それだけで、自分を自分で弱くしていることが往々にしてあるものです。

 

その恐怖から抜け出し、そして不確実の可能性の世界に自分はいると言うことに、最大限の納得を得られた時、きっと、あなたは全く違う世界を見ることになるでしょう。

 

そして、新しく見えた世界に基づいた行動を、きっとできることでしょう。

 

もしかするとそれが、運命の人にもっとも近づける可能性を、高めるのかもしれません。