「イケメンほど一途という幻想」

 

イケメンほど一途であると言うのは、ここまで読んできたあなたには、もう想像がついていることでしょう。

 

そうです。幻想に過ぎないと言えます。

 

イケメンであることと、一途であることは、全くの無関係であるとしか言いようがないでしょう。

 

それでもイケメンと付き合いたい、結婚したと言うのは、個人の選択自由であり、それによって全ての問題が解決したわけでもありません。

 

人は願っていることが実現すると、確かに大きな幸福を得られたり、そう感じるものです。

 

しかし、それはその幸福が手に入っただけを意味し、その後の内在しているリスクが消えたわけではありません。

 

いまだに残り続けるのです。

 

一途な人と付き合いたい、結婚したいと言うのも同様で、一途な人が必ずしも浮気をしないなどは、確約などないのです。

 

それだったらイケメンを選んだ方がマシだと言う意見もあるかもしれません。

 

しかしそうなると、自分の人生の本質や、本来の自分らしさを忘れてしまう可能性が高まることでしょう。

 

このような心理になっているのは、すでに、自分が欲しいものの虜になっているか、欲しいものや欲求に支配されていることを意味していると言えるのです。

 

これは自分ではなく、欲求があなたを突き動かし、欲求があなたと化して、大事な人生を進行させていると言えるかもしれません。

 

欲求に自分が支配されているかもしれないことを、多くの人は自発的に気がつけることないに等しいと言えるほど、困難なものです。

 

なぜなら、自分の欲求を満たそうと思える時は、文字通り我を忘れているのですが、それが自分の幸福であり、人生の絶対的な価値があると言う思考にすでになっていることが多いからです。

 

これは自分イコール欲求となっていることが多く、そこに多くの快感や快楽を実感していて、まさにその快楽の中から抜け出せないか、抜け出たくないと言う心理状態になっていると言えます。

 

そうです。

 

多くの場合で人は、欲求の外に出たくないから、それに支配されていることに気が付きにくいと言えるのです。

 

イケメンでモテて、さらには浮気をしないと言うことを、求めることは誰でもできます。

 

実現が可能か不可能かは全くの論外であり、欲求を抱くことは誰でも可能なのです。

 

そして、もしも、仮に、それができるとしたら・・・と考えると、それはもうその願望を抱かずにはいられないでしょう。

 

そしてその願望は多くの快楽や快感を身体や思考に伝達させて行き、その人はやがてこれら欲求の機能に支配されて行くようになります。

 

これは幻想の中に、自分を誘うことに酷似していると言えるでしょう。

 

では、重要なことは何か?

 

そうです。

 

幻想の中で暮らしたいか、それとも現実の中で暮らしたいか、それをまず決めた方が良いでしょう。

 

これは間違っても、イケメンで一途な人を探すことを、否定したり、諦めたりすることを意味しません。

 

幻想化することは、避けた方が良いと言う意味です。

 

 

 

つまり決して、自分だけに都合の良いことだけが、満たされることなどなく、イケメンで一途な人を求めることや、その人と付き合ったり、結婚することにも、リスクはあると言うことをしっかりと心に抱くことだと言えます。

 

リスクがないということは、全くないし、さらに消えることはないことを、いかにそのまま受け入れるかが、幻想から目を覚ますための良いきっかけとなるでしょう。

 

そして幻想から抜け出すことができたらきっと、もっとクリアで、もっと自分にとっての良い可能性にも気がつけることができるはずです。

 

目を覆っていたのは、リスクやそれに対する恐れではなく、幻想の方だったとこを、きっと知ることになるでしょう。