「運命の人と結ばれるまで」

 

運命の人と結ばれるまで、多くの前兆や特徴があることでしょう。

 

前兆については、上述でもしていますが、これには結ばれやすいものと、結ばれにくいものがある可能性があるものです。

 

運命の人と結ばれるまで困難があるとか、一度別れて離れ離れになるとか、いろいろな現象を体験している人は多くいるようです。

 

これは事実であるか、それとも根拠のないものか、それは本人だけが知っていることであり、本人だけが決める権利を持っているものです。

 

つまり、例えばあなたの友人の誰かが、運命の人と結ばれたと実感している人がいるとして、結ばれるまでにこんなことがあった、あんなことがあったと話してきたとしたら、それはその人にとっては事実だと言えます。

 

しかしそれがあなたと、あなたの運命の人とが結ばれることに重要で、かつ同じこがあるのかというと、それは違う可能性が高くあります。

 

あなたの運命の人と、あなたが結ばれるまでに体験するのは、あなたであり、そこにはあなたにしか与えられていない決定権と、創造的思考を反映させた解釈だけが存在していると言えるのです。

 

それらが本来は存在しているのですが、多くの場合で人は、自分にしかできない決定とその権利、そして創造的思考を手放す傾向があります。

 

なぜでしょう?

 

それは確証を持たない自分の意見や考えに、不安を抱えている場合が多くあるからです。

 

その不安感を払拭するために、人の意見、人の体験談、専門的な知識を有する人などを頼りにしてしまうことがあるものです。

 

これが決して間違った選択とは必ずしも言い切れません。

 

ただ、重要視しておいた方が良いであろうことは、他人の意見や考え方を受け入れて、それを実行し、その結果を受け入れるのは、自分であることを、決して忘れてはいけないことです。

 

あなたが誰を信じようと、誰の意見に従おうと、その決断に起こした行動の結果は、あなただけが受け入れるものであるという自覚は、とても重要です。

 

 

この運命や運命の人という非物理的な概念、つまり、正しい答ええお立証できない事柄に対して、他人がその責任を負えることは基本的には不可能であるということです。

 

信じた自分に、その責任はあり、また幸いなことに自分で信じるか信じないかを、自由に決めることもできるのです。

 

運命の人と結ばれるまで、あなたは自分で何をどのように信じて、行動して良いことが本来は許されています。

 

形のない概念を、どうにか形にしていくのは、自分の信念的な部分がとても重要となると言えるでしょう。