「自分は結婚できない運命」それは思い込みか、裏に働く本当の力とは

 

自分は結婚できないと思っている人は、この時代には少ないでしょう。結論から言うとこれは運命ではなく、お見込みである可能性が高いと言えます。

 

これより先は、他では決して知ることのできない内容を、独自の理論でご紹介していきます。

 

あなたの結婚できないという、まさしく偏見とも言える思い込みを、今日変えることができるかもしれません。

 

  

「自分は結婚できないと言うのは運命ではない理由」

 

自分は結婚できないと言うことを、そのような運命だとか、占い師の人に言われたとか、その他最もらしい理由を並び立て、これを正当化している人は、実は意外にも多くいるものです。

 

しかし当サイト(マインディストKEN)の考えは、これと異なる考えです。

 

自分が結婚できない運命など、存在しない。

 

と言うのが、当サイト(マインディストKEN)の考えの根幹だと言えるでしょう。

 

では人はなぜ、結婚できない自分のことを、運命かもしれないと考えたり思ったりしてしまうのでしょう?

 

その理由の一つに、人は、そう思っていたい、と言う心理が働いている可能性があると言えるのです。

 

つまり、自分は結婚できないとか、結婚できない自分だと、おそらく全く望んでいないことを、ずっと思っていたい心理が作用している可能性があると言うことです。

 

そしておそらく多くの場合で、この思っていたい気持ちは、その人にとって、とても信憑性が高く、それを肯定し信じるに値していることでしょう。

 

本当はとても結婚したい人ほど、このような傾向である可能性があるのです。

 

なぜでしょう?

 

多くの場合で人は、自分の思い込みを捨てることが怖いからです。

 

たとえそれが、自分の望まない結果となる可能性を強めていたとしても、思い込みを捨てる方が怖くて、できないままでいる傾向があるのです。

 

だから、繰り返しますが、この思い込みを最も正当化し、妥当で合理的だと思える理由を、とても創造性豊かに見つけ出し、これを表現しようとすることにつながります。

 

その表現とは大体、以下のようなものが多くあるでしょう。

 

自分は結婚できない

自分は結婚できにない運命にあるのだ

自分は結婚する資格などない

そのような星の下に生まれた

以前、占い師も同じこと言っていた

これは運命や宿命で決まったことだ

もう自分には不可能なことだ

追いかけるだけ無駄なものだ

結婚は諦めて仕事に集中しよう

結婚は面倒だ

結婚は自分には合っていない

 

などなど、数え切れないほどの表現が生まれてくることでしょう。

 

これらはどのような表現であれ、自分の思い込み、つまり、自分は結婚できないと言うことを正当化している表現だと言え、その正当化に対してかなり創造的であると言えるでしょう。

 

これらの表現は、確かに一理あると思ってしまう部分があるかもしれません。

 

しかしそれはどれも事実の一部を満たしているに過ぎません。

 

結婚できない理由は、自分が本当にそんなことができると、思っていない可能性があります。

 

これは結婚できない運命があるとか、あなたはそのような運命を持っている、と言うわけではなく、自分でそれを選択している可能性が高いのです。

 

なぜなら結婚できない自分でいるために、結婚できなくなるようなことばかりを、選び、行動し、その結果、自分の思い込んだ世界の住人のままにいる可能性があるからと言えるのです。

 

そして自分の思い込んだ世界の外に行くことが、すでに怖くなっている場合があるのです。

 

そう思っていたいと言うのは、ただ、それ以外のことをすることが怖くて、そしてとても面倒だとも感じていて、そのままでいたいと言う欲求が高まっていると言えるでしょう。

 

これはとても簡単な例え話から、容易に理解できるものです。

 

例えば、あなたが幼い頃、犬に勢いよく吠えられ、噛まれた体験があるとしましょう。

 

そしてその体験はあなたにとって、かなり怖かったものだったとしましょう。

 

それからと言うもの、小さい頃は犬に会うと特に、距離を置こうとしたり、離れようとしていたとします。

 

ところが大人になり、育った街とは全く別の街中を歩いていると、幼い頃に噛まれた犬によく似た犬が散歩していて、あなたに近づいてきたらどうなるでしょうか?

 

きっとあなたは怖くて、その犬から距離を取ろうとするでしょう。

 

犬に過去に嫌な目に遭わされたと言う記憶と体験が、大人になってもそれを持っていることは、よくあることです。

 

もっと言うと、幼い頃の犬とは全く違う犬のはずなのに、過去と同じような行動を取ろうとしてしまうのです。

 

この例えから理解できることとは、犬を好きになるよりも、嫌いなままでいる方が、あなたにとってはとても楽でいられると言うことです。

 

怖い思いをさせられた犬に、なぜ?あえて近づいたり、好きになる必要があるのか?

 

そう思うことさえあるでしょう。

 

しかしたとえ同じ犬種であったとしても、あるいは全く違う犬種であったとしても、あなたを噛んだ犬ではないのに、つい、過去に形成された観念つまり、犬は怖いと言う観念のもと、判断と行動をしてしまうのです。

 

 

全く違う犬でも、あなたにとてもフレンドリーに対応してきたとしても、犬を嫌いなままでいるほうが、よっぽど精神的かつ心理的に楽なのです。

 

もし、あなたが結婚できない自分を肯定していたり、あらゆる表現でそれを証明できる状態にあるとしたら、もしかするとそうしている方があなたにとっては楽なことなのかもしれません。

 

あなたが本当にそれが望みであり、人生で必ず成し遂げたいと言うほどの明確な願望であるなら、それは大切にした方が良いでしょう。

 

しかし、もしそうでないなら、つまり、本当は結婚をしたいと強く願っているなら、自分の不適切な思い込みに、自分で気がつき、それを捨て去るか、修正する必要があるでしょう。

 

その思い込みは、きっと、あなたが本当に成し遂げたい願望の役には、全く立たないものです。

 

結婚できない運命などもった人はおそらく、1人もいません。

 

しかし、自分は結婚できないと思い込んでしまっている人は、たくさんいるでしょう。

 

これは運命などではなく、とても個人的な思い込みの問題だと言うことができるのです。

 

 



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